本当に起きたことを察知する
ペットのわんちゃん、ねこちゃんは飼い主さんのプライベートな空間で飼われています。
つまり、飼い主さんの素の姿をありのまま見て生活しているということです。そのプライベートな空間では事故が起こり易いのです。
ある日、カップルがチワワを連れて来院されました。彼女の方から「何か飲み込んだようです。診て下さい。」と言われたので、私は「飲み込んだところを見ら れたのですか。」と尋ねました。「いや、見てはいません。」と返答がありました。わんちゃんを診察すると至って元気で、エコーを撮ってもやはり何も写るこ とはありませんでした。大きな異常もないのですし、何か飲み込んでいたとしても48時間もすれば大抵は体外に出てきますから消化剤を出してお返しすることにしました。すると彼女がまたやって来て、「出ませんでした。でもきっと何か食べています。」と言って来院されました。不安げな顔から切実に心配していることが伝わって来ました。
「見てはいないけれど何か食べている。」日常の会話では聞き流すような話ですが、動物病院の獣医師として私は「食べたところを見ているけれど言えない物を食べたのでは」と直感で考えました。
やはり一週間後に具合の悪くなったわんちゃんを連れて来ました。そしてレントゲンとエコーを撮りましたがやはり写ることはありませんでした。具合が悪くなっていることから試験解剖をすることにしました。本来、試験解剖は獣医師が8割から9割 何かあると判断した場合にするのですが、今回は飼い主さんの強い要望で行われることとなりました。解剖してみると中にあったのは、何とコンドームでした。 また、彼女からのアイコンタクトで「彼氏に言わないで。」という気持ちがひしひしと伝わってきました。きっと彼氏とは別の人とのものだろうと推測されまし た。動物看護師とも暗黙の了解で触れることなく、ただ「異物が入っていました。」とだけ伝えました。だから彼女は言えなかったのです。
わんちゃんのこのような誤飲は多々あります。例えば生理用のナプキンや、使用済みのタンポンなどです。
ま た他の例をあげると、ある夫婦がぐったりしたわんちゃんを連れて来院されました。旦那さんの話では「帰ってきたらぐったりしていた。」とのことでしたが、 明らかに打撲等による内出血が見受けられました。きっとわんちゃんに咬みつかれたか、何かの拍子で叩いてしまったのでしょう。ですが奥さんのいる手前、正 直に言うことはありませんでした。原因追究は私たちの仕事ではありません。また追求したとして夫婦関係を壊しかねません。私たちがすべきことは飼い主さん をしっかり観察し、本当に起きたことを察知することです。飼い主さんが本当のことを言っているか、そうでないのかを判断する力を養うことです。そうするこ とで治療の有力な情報を手に入れることが出来ます。
飼い主さんによっては正直に言えない人もいます。そしてわんちゃんは話すことができません。そういった点、人間の医療よりはるかに難しいのです。