仕事として動物を診る

 動物病院で働いていると、たまに貰いものをすることがあります。
犬柄のネクタイなど、動物がらみのものが多いですね。すると、そのネクタイを私がつけているのを見た飼い主さんから「先生、本当に動物が好きなんですね」と言われたりする。

しかし、実際に動物の仕事に就くと、単に“好き”とは違ってくるものです。皆さんは動物が好きだと思うけれど、好きと仕事は全く違います。
私が床屋 さんに髪を切りにいくでしょう。すると「先生、うちの犬の調子が悪くて」と、動物の話になってしまうのです。たまには普通の世間話でもしたいのですが、みんな私が獣医師と分かると動物の話を私に聞いてきます。

本音を言えば、24時間こんなふうに動物ばかりに囲まれていると、飽きてくるというか“本当に自分 は心から動物が好きなのか?”と考えてしまいます。本当に好きなら、いつでも動物のことを考えたいですよね。働いているといろんな矛盾が生まれてくるもの です。

 私が通っていたころの獣医学科といえば、9割男性、1割女性でした。今ではこの数は逆転して女性6割、男性4割だそうです。女性は努力を厭わない から、ハイレベルな人が多いですね。獣医学科の実習では、練習に実際にワンちゃんを使います。わざとワンちゃんの骨を折るようなこともします。自分で言う のも何ですが、私の手術は上手なほうだと思います。手術がうまいということは、それだけ練習をしたということです。最初からうまい人はいません。もっと簡 単に言えば、動物を殺した上に自分の技術があるということです。動物を好きな人ほど“動物を助けるために動物を殺している”という現実に矛盾が生じること でしょう。この矛盾に耐え切れずに中には“かわいそうだ”と辞める人も出てきます。尻尾を切ったり、耳を切ったり、本当に好きな人にできるでしょうか? 自分のスキルを上げるために、形として動物を虐待することになっているのです。

動物の仕事に就くには、覚悟が必要になってきます。純粋に“好き”というだけでは難しいけれど、本当に助けたいと思ったときに犠牲の上になりたった スキルがものをいいます。家でワンちゃん、ネコちゃんを可愛がるのとは全く違うものです。仕事として多くの動物を診るとなると、もっと勉強してスキルを磨 かなければならない。獣医学科では麻酔下でとはいえ、ワンちゃんのわざと脚の骨を切って、手術してくっつけて、それをレントゲンに撮ったりもします。残酷 なようですが、このワンちゃんの体を利用して自分の技術を磨き、次のワンちゃんの命につなげているともいえるのです。技術の高い獣医師ほど、山のような練 習をして動物を実験にしているものです。みなさんもこれから自分の練習のために、動物の採血をして血液検査をすることがあるでしょう。かわいそうだと揺れ ることもあると思います。しかし職業として就くからには、仕事に対する考え方をしっかり確立して、自分なりに覚悟を決めてください。