マニュアル飼育の落とし穴
「初めてペットを飼うんです」という方が、動物病院にもよく相談にこられます。たいていの場合、検診や予防接種が目的ですが、初めて迎えた家族を抱き、皆さんの表情は一様に明るく輝いています。
この飼主ビギナーさんの先生は、ペットショップの販売員さんであることが多いのですが、なにせ初めてのことですので、この先生の指導を実に熱心に聴き、当 然のことながらその指示を忠実に守ろうとします。食餌の与え方やその量、睡眠やしつけに至るまで、何から何までわからないことだらけですので、いわゆる 「飼育マニュアル」が学びたいのです。
例えばある仔犬を買った飼主さんからフードの量を聞かれた販売員さんが、「最初は朝夕10粒ずつくらいから始めてみて下さいね」と答えたとしましょうか。 そのアドバイスを受けて安心して帰宅した飼主さんはその1カ月後、健康診断に訪れた動物病院で、想像もしなかった診断結果を聴くことになるのです。
明るい顔で受診した第一声は、「とても元気がよくて、本当によく食べます!」と自信満々です。それもそのはず、「先生」の指導を忠実に守っているからです。
ところが検診をしてみると、かなり痩せている場合が多いのです。ともすれば激やせしていることもあるほどで、「痩せていますね」の言葉に、飼主さんは驚き を隠せません。「そんなはずは。だってすごく元気だし、とてもよく食べるんです!」と悲痛な顔で訴えます。そして必ず「言われた通りにしていたんですよ」 とおっしゃる。実はここに落とし穴があるのです。
動物は生きています。だからこそ日々変化しますし、当然のことながら個体差があるのです。確かに「フードは一回10粒程度からスタートしましょう」と言う 指導を受けたでしょう。ビギナーである飼主さんは、忠実にその指示を守っただけ。ところが、生きているがゆえの変化にまで対応していたわけではありませ ん。まさにマニュアル飼育の落とし穴です。
「がつがつ良く食べていました!」・・そうでしょう。一回のフード量が足らなかったからです。「よく食べて、すぐに眠って、本当にいい子なんです」・・そ うでしょう。絶対量が足らないあまりに、低血糖を起こしていたのです。眠ったのではなく、動けなくなっていた可能性の方が大でしょう。先生の指示をただ忠 実に守っただけなのに、こんな事態を招こうとは・・。想像もできなかったに違いありません。
生後間もない仔犬(猫)は、3~4時間に一度の給餌が必要です。1才くらいまでは一回の食餌量が少ないので、すぐ空腹になるからです。またこれにも個体差 がありますので、臨機応変な調整が必要です。生き物であるがゆえに、マニュアル通りではないその子に応じた飼育法を確立する必要があるのです。日々ペット と暮らす飼主さんにしかわからない視点が、マニュアル飼育を「うちの子だけのオリジナル飼育法」に変えていく。そんな飼主さんの視点に立ち、ペットの成長 や性格に応じた細かなナビゲートができるようなプロを目指してほしいと思います。