最期の愛
今日は、ももこという犬のお話をします。ももこはハスキーのミックス犬(2歳)で、体重20キロほどの中型犬です。幼犬の頃から気性は激しく、散歩の時も大暴れしますので、飼主さんとしては結構苦労していたと思います。
ある時、いつものように散歩をしていた時、道路の向こう側に犬を見つけたももこは猛ダッシュしたそうです。その勢いにリードが外れ、車道に飛び出した格好になったももこは、そのまま交通事故に。慌てた飼主さんが病院に連れてきましたが、とてもひどい状況でした。
何よりひどかったのは、痛みです。その痛みに耐えかねて、病院に運び込む途中、何度も飼主さんを噛んだと言います。痛みの原因は腰椎骨折によるもので、 おまけに内臓損傷もありました。幸い腹腔内出血はありませんでしたが、非常に危険な状態でした。一通りの応急処置を終え、飼主さんにはとても厳しい告知を しなければなりませんでした。生涯下半身麻痺が残るであろうこと。自力での排尿便は困難になるので、重度の介護を余儀なくされるであろうことを宣告しなけ ればなりません。
そしてもう一つの宣告は、安楽死です。想像を絶するような介護生活が続くのです。よほどの覚悟がなければ、愛情だけで解決できる問題じゃない。そこをしっかりとお話し、「それも一つの選択肢である」と伝えたのです。
すると飼主さんは間髪入れずに、「治療して下さい」とおっしゃいました。そこにはみじんも迷いなどありませんでした。介護対象が動物だけに、協力を仰ぐ ことはできません。言って見れば、人間の介護よりもうんと難しく、その大変さを「飼主さんは本当にわかってはいないのかも知れない」と思ったほどです。そ れでも私は即座にその選択を受け入れ、治療に入りました。ももこは奇跡的な回復力で治療生活を終え、無事家族の元に帰ることができました。
こうしてももこと飼主さんの介護生活は始まったのです。体位変換、排尿便のサポート、定期的な入浴など、待ったなしの毎日が続きましたが、この飼主さん夫 婦は、頑張って続けました。いやむしろ楽しそうに。最初は毎日、次第に1カ月に一度の通院も欠かさず、いいと聞けばどこまでもももこを連れて行き、ありと あらゆる治療と介護に時間とお金を費やしました。車椅子も製作しました。事故前はももこに対し少し無頓着なところもあったお父さんは、事故を機に激変しま した。片時もももこと離れない毎日が、そうさせたのでしょう。ももこと飼主さんの楽しげな散歩姿は、地元でも知らない人がいないほどで、マスコミにも幾度 か取り上げられていました。
そんなけた外れの愛情と献身がももこを救い、6年の歳月が流れたのです。ところが5日前、急な体調不良で受診したももこは、治療する間もなくその2日後 に突如命を落としました。実にあっけない最期に、飼主さんは当然悲しみました。でも私は思ったのです。これは「ももこの最期の愛情だったのでは」と。「も う精一杯愛してもらったよ」という飼主さんへの思いやりで、こんなにもあっけなく天国に召されたのではないでしょうか。そんな幸せで温かい気持ちを残して ももこは逝きました。私にとっても、きっと生涯忘れることができない出会いと別れになりました。