診察の極意
私たちが扱うのは、むろん動物たちです。そして大抵の場合、その動物たちとは「初対面」であることが多い。全く知らない動物に、仕事とは言え手を出す (保定や診察など)瞬間は、やはり緊張します。場合によっては咬まれることもあるなど、常に危険と背中合わせの仕事なので、一刻も早く扱う動物の質を察知 する必要があります。
この子はどんな性格なのかを知るためには、犬であればカーミングシグナル(*注:体が表現する心理状態のサイン)によってある程度は判断できますが、何より自身の感覚で読み取ることが一番だと思います。
病院によってやり方・考え方は違うと思いますが、私の診察は、すでに待合室にいらっしゃる時から始まっています。受付をする間に聞こえた鳴き声、歩く時の足音などなど、その総てが大切な診断材料になるのです。
さて診察室に入ってきました。情報収集はいよいよ佳境です。警戒した態度から、怯えた精神状態であることは容易に想像できますが、それ以外の性格的なも のや行動パターンを見抜かなければなりません。それは歩き方や飼主さんに接する態度から、日頃の様子が伺え、何となく「どういう子なんだな」ということが 感覚的にわかります。
例えば、恐怖心から飼主さんの肩の上にまで這い上がり、果ては頭の上にまで・・。この行動から、「権勢症候群(*注:上下関係が逆転している状態であること)」であるというメッセージが読み取れます。と同時に、この犬への対処法までわかるのです。
同時に、視診も大切な材料です。看護師の中には、目やにや体についているゴミを事前に取ってあげることがあります。これは一般社会では「気の利いた人」 と賞賛されるべきことですが、動物病院の場合はノー。それもこれも全部が診断の材料になるからです。目やにが出ていたら、結膜炎や風邪などのウィルス感染 を疑いますし、例えば草ごみが着いていたら「草むらに入ったな」と農薬中毒なども視野に入れられる。また、綿ゴミなどが付着していたら「繊維物を食べてい るかも」と、ありとあらゆる可能性を探すことができます。診察台の上にそそうをした場合もそう。検査する側にとっては絶好の材料になります。
こうしたささいな一つ一つが診察の基本となりますが、やはり飼主さんの状況報告は絶対です。「いつもと違う」ことを訴えて下さる観察眼はプロにも勝るほ どです。もちろんその訴えのあった場所はきちんと診察しますが、まずは目・耳・鼻・心音など細かに全身をチェックし、その異常はどこが原因なのかをつきと めていくのです。
そんな中、明らかに体が熱いなど、触診でわかる場合もあります。確信を得た場合は、嫌がる動物の体温を無理やり計測することなどせず、「熱が高いので一 旦お預かりします」と言って、裏方できちんとしたデータを取るなどの配慮が必要です。具合が悪い上に、検査を嫌がり暴れるペットを見るのは、飼主さんの神 経を逆なでしているのと同じです。きちんとした診断をすることが私たちの仕事であることに間違いはないのですが、それには飼主さんの安心感があってこそ。 「診察の運び」次第では、その後の治療に大きく影響を及ぼすこともあるのだと、十分認識しておいて下さい。