プラスαの思いやり

「今日退院予定だからきれいにしておいて」と、入院動物の退院が決まった時、獣医師は看護師やトリマーにそう指示をします。大切なペットが無事に退院の日を迎えたのです。飼主とペットの喜びの再会を最大級に演出して差し上げるのも、私たちにとって大切な仕事の一つです。

 ところが、「きれいにしておいて」と言う指示を受けた人によって、対応が全く違うのです。例えば、「ブラッシングしておいてあげてね」と言えば、ブラッ シングだけ。「シャンプーしておいて」と言えばそれはする。でも爪が伸びていようが、耳の中が汚れていようが、それは「指示にはなかったこと」。でも何の ための指示であったのかを、ほんの少し想像すれば、プラスαの仕事として当然していたはずでしょう。そのくらいのサービス精神は持ち合わせていてほしいも のです。

うちのトリミングルームに、2~3日おきにトリミングに連れてくる飼主さんがおられました。ありがたくはあるのですが、「1ヶ月に一度くらいで大丈夫です よ」とお勧めしてみました。指導の甲斐あって少しは間が空いたのですが、それでも1ヶ月と空きません。そう、かわいくて仕方ないペットに飼主として「何か してあげたい」一心なのです。
半年くらい経った頃でしょうか。その飼主さんが御礼の品を携えてやってきたのです。いたく感激しておられるその飼主さんに事情を聞いて驚きました。実は担 当のトリマーが、この方のペットにしつけをしていたというのです。「いつもきれいな状態でお預かりするので、何か他にして差し上げたいと思うようになっ た」と担当のトリマーは言いました。そこでお座りやお手、「ばーん」と言えばひっくり返るなどの芸を半年かけて覚えさせ、完璧になって初めて飼主さんに披 露したのです。何もしつけていなかった飼主さんは非常に感動し、今回の訪問となったのです。

いかにトリミングの腕がよかったとしても、この飼主さんにここまでの感動は与えられなかったと思います。トリマーがペットをきれいにするのは当たり前。 「喜んで頂きたい」という思いからの「しつけ」というサプライズが、こんな風に飼主さんを感動させたのです。この一件はトリマーさんにとってさぞや嬉し かったことでしょうが、病院にとっても大変嬉しい出来事でした。

皆さんは「月と太陽」の関係をご存知でしょう。太陽が輝いてこそ月も輝きを増す。その相関は例え話にもよく引用されますが、私はこれまで病院に例えるな ら、太陽が院長で、月がスタッフだと思っていました。ところが逆であると思うようになったのです。しつけをしてくれたトリマーは飼い主さんにとって太陽で す。それであれば、当然病院にとっても太陽なのです。皆さんの輝き次第で病院の輝きは増し、それを受けて私たち獣医師も光輝くことができるのです。知識や 技術は手段でしかなく、輝きの源は感動なのです。「命を預る」職場で、どんな状況に合っても感動を与えられることは、とても大切で、それでこそ信頼にたる 仕事だと思います。