見えない部分の真理

トリミングを初めてご覧になった一般の方からよく耳にするのが、「大変なんですね」と言うセリフです。この言葉の背景には、「見たことがなかった」裏方 を垣間見た驚きがあります。トリミングに限らず、私たちの仕事というのは、まさにこの「見えない部分」が非常に多い仕事だと思います。

 例えばトリミングのお客様。受付に「お願いします」と連れてこられたら、今度はきれいになった姿のペットをお迎えにこられます。そう、実際の作業過程は 「見えない部分」なのです。爪きりにしても嫌いな子は暴れます。時には出血したりする場合もある。そんなところを飼主さんが見たらどう思うでしょう。
 例えば獣医療でもそうですね。手術をすることになった時、たいていの場合は、手術前のペットを励ましながら病院に預け、今度会うのはもう麻酔から覚めた 時なのです。麻酔をかけた動物の姿など知るよしもないし、ましてや施術などは想像だにできない「見えない部分」なのです。

知らないということは悪い場合もありますが、こうしたことを考えるに「知らない方がいい」場合もあるのです。愛するペットの日常でない姿や状況を見た時に、平静でいられる方の方が少ないと思います。だからこそ、知らなくていい部分というのは絶対に存在するのです。
ペットホテルでも例外ではありません。かわいいペットを置いて外出しなければならない場合、それだけで飼主さんの心にはすでに負荷がかかっています。ペッ トを預けて、今度会うのはお迎えの時。このやり取りの瞬間、抱いた不安はMAXになっているでしょう。ここがプロとしての腕の見せ所です。いかに飼主さん の負担を軽くしたお預かりを演出するかで、その後の飼主さんの数日が大きく変わるからです。

 お預かりした際、ペットが「ぎゃんぎゃん」鳴いたとしたらどうですか?飼主さんと離れたくないとごねるペットをホテル室まで引きずって行こうものならど うでしょう?離れている間中、飼主さんの心は「預けなきゃ良かった」とか、「まだ鳴いているんじゃないかしら」などマイナス感情に支配されるでしょう。
 またお返しの際には、身奇麗して差し上げますが、運悪く糞尿などの汚れが残っていたとしましょうか。それを見た瞬間、飼主さんの脳裏には、「ずっと悪環境で過ごしていたのでは?」と、これまた悲惨な数日間を想像してしまうでしょう。

 視覚の影響はとても大きく、拭えない思いがずっと残ります。ところが、ほんの少し思いやりある対応をするだけで、飼主さんの安心は倍増するのです。
私たちの仕事は、もちろん実際のケアが重要ですが、こうした精神的な環境を整えて差し上げることも大切な仕事になのです。出かけていく飼主さんに向かっ て、預ったペットを抱っこしてお見送りしてあげるだけで、ただそれだけで、飼主さんは見えない環境で過ごすペットの数日を、過大に評価して心の重荷を下ろ します。そんな演出ができる人こそが、「見えない部分」を預るプロとして評価されるのです。