コミュニケーション療法

 「動物病院の仕事ってどんな仕事ですか?」こんな当たり前の質問ですが、皆さん即答できますか?「動物を助ける仕事です」とか「動物の治療をするのが仕事です」・・ご明解。ですが本当は少し違う。動物病院は実は、飼い主さんを治療する場所でもあるのです。

 病院にやってくるペットの飼い主さんはほとんどがパニック寸前。「大変なんです」と飛び込んでくる場合も少なくありません。早速診察をしてみると、意外 に「大変じゃない」場合が多いのです。でもここで私たちが「大丈夫。大したことはありませんよ」とでも言おうものなら、この治療は失敗と言っていいでしょ う。ここがポイントです。

 たいていペットの病気は、飼い主さんの精神状態を反映している場合が多いです。パニくる飼い主さんの横でぐったりしているペットの70~80%がそうで あると言っても過言ではありません。ほんの少し具合が悪かったペットを見て、飼い主さんは「大丈夫だろうか」と心配する。心配した飼い主さんを見て、ペッ トは「自分は大変な状態なのではなかろうか」と思い込むのです。こうした悪循環の末、飼い主さんは「大変だ」とパニック状態で病院に飛び込んでくるので す。

だからこそ、本当は心配するほどの状態ではないと診察して判明しても、そのままストレートに結果をぶつけてはいけません。いったんは飼い主さんの「パニッ ク状態」を引き受ける必要があるのです。本当はそんな必要がなくても、パニックの最中にいる飼い主にとっては、「たいしたこと」に対応しているというパ フォーマンスが何より大切で、「大変な状況にきちんと対処していてくれる」という安心が、例え栄養剤の注射であっても効果を発揮するくらいの良薬となり得 るのです。

 こうした場合の治療は、飼い主さんが納得する(安心する)対応をすることで、初めて終了します。肝心のペットの治療は、飼い主さんの不安を解消してあげるだけで完了する場合もあるのです。こうして考えてみると、「人の心療内科」的な役割も担っているような気さえします。
これから動物業界で働こうと思う皆さんは、こうした飼い主さんの心情をよく理解した上で仕事に就いてほしいと思います。その時々の飼い主さんの心情に沿っ て対応してあげることで、その二次的な影響でペットも回復するのです。こうしたコミュニケーションが、治療には最高の良薬になるのだと覚えて置いて下さ い。

 患者さんの数だけ飼育環境があり、背後にあるものは計り知れません。わずかなやり取りからその背景を理解し、最適な治療につなげるには、専門家としての 知識や技術だけでなく、人間的成長がなければ務まりません。教科書には決して載っていない、だけれど一番重要な治療法だと心得て、日々向上していこうでは ありませんか。