命から命へ
「動物好きでしょう」とよく聞かれます。獣医の私へ当然の問いかけだと思いますが・・実はあまり好きじゃないんです。いや、好きじゃないというと少し 違って、朝から晩まで毎日動物と接していると、もう好きとか嫌いとかのレベルではないのです。すれ違っても、遠くに見かけても、「この子は皮膚病だな」と か、「心臓が悪そうだから散歩させなきゃいいのに」とか、もう完全に「仕事の目」でしか動物を見ていない自分を感じています。
こうして動物にかかわりを持ち始めてずいぶんになりますが、飼い主だった頃とは全く感覚が違っています。生と死の間をいったり来たりし続けた毎日が、一目 みただけでその子の病気がわかったり、安易に想像できたりという感性を磨き上げてくれた。これは教科書には書かれていない、動物に対峙し続けてきた者にし かわからない感覚です。ですから当然ここまでくるには、相当の命の犠牲の上に成り立っているのがわかるでしょう。だからこそ、好きなどと言うレベルではい られない。ただ好きなだけだったら、こんなところまでこれなかったと思います。
最近の獣医大入学者は女性も増えましたが、当然みんな「動物を助けるため」の勉強を目的にやってきます。ところが、その過程には「命の犠牲」がつきまとう のです。健康な身体に怪我や病気という付加を与えて実験対象とするのです。麻酔をかけるので痛みや苦しみは軽減されますが、最後は安楽死がほとんど。動物 の命を助けるために獣医を志した自分たちが、その命を犠牲にしている。その矛盾に耐えかねて退学していく学生も少なくないのです。
実験動物に関してはさまざまな考え方がありますが、一つだけ言えるのは、その尊い命の犠牲があって、今日の獣医療はあるのです。そして一つの命の犠牲に よって、多くの動物たちの命を助けることができるようになった。大きな矛盾の中に、確立されたものがあるのです。どうですか?普通の感覚では理解できない 世界かもしれません。
私もこうした経過をたどり獣医師になりました。毎日たくさんの動物たちを診療し、病気や怪我から多くの命を生還させています。でもこうした知識や技術を身 につけられたのは、多くの失敗や死を体験したからこそです。毎日試行錯誤しながら、懸命に命と向き合ってきた。これは獣医療に限らず、どんな世界にもいえ る事で、幾度も練習を繰り返す下積の毎日の末に、プロとして歩いていけるです。
私の後ろにもたくさんの命がありました。その命たちに報いるには、一つでも多くの命を救うこと。できるだけ広く、動物に自分が学んだことを還元していきた い。そう思います。今、動物業界を目指す途上にいる皆さんにぜひ伝えたい。今ある下積時代を支えてくれる全てに心から感謝し、下手でも許されるこの時期を 大切にして、その先にある皆さんのステージで恩返しのできるプロになって下さい。